黒の国の王子と青き国の王子 64話

 



「私は愛人と遊びながら、発情期の時にだけ相手をして欲しいと言うことかな?」

「………」

 そうはっきり言われて押し黙る。初めての時からルドヴィークに相手をしてもらっていたせいで、自然と相手をして欲しい、そしてしてもらえるものだと思っていたが、それは随分とエリアスの都合のいい考えだ。

(好きな相手がいて僕とそういうことをすることが、一番辛いだろう)

 そう行き当たって、自分の身勝手さに申し訳なくなる。ルドヴィークの本当の恋人も傷つける事になるだろう。

「…すまない、僕は自分の事ばかりだな」

 そう素直に謝る。

 発情期は薬で軽くするか、効かなければ別の方法もある。発情期が来てから医師に説明された事だが、オメガを相手にするそういった商いの者もいるようだった。貴族や王族はそういったものを召し上げて自分の相手をさせることも珍しくないらしい。

 正直、ルドヴィーク以外に触れては欲しくない。しかし、このオメガの性から目をそらすこともできない。あの争い難い衝動を自分でどうにかするしかない。

「その時は自分でどうにかする。今までありがとう」

 目を見ていうことはできなかったが、きちんと礼を言う。自分は好きな人が相手をしてくれて幸運だったが、冷静に考えればルドヴィークがこんな地味な自分をよく相手にしてくれたと思う。それもルドヴィークの優しさだろう。

「自分でって、…どうするつもりだい?まだ慣れていないし、周期も安定してないだろう?」

「前兆もなんとなくわかってきたし、なったらどうにかする」

「一人で?アルファとの性交渉がなければ発情期は長引くし、重くなると聞いたが…」

 矢継ぎ早に問われて、エリアスはなんだか逃げ出したい気持ちになる。ルドヴィークのいつもより冷たい声に自分が何かを間違えてしまったのはわかるが、それがなんなのかエリアスにはわからない。

 ただ、自分はルドヴィークに無理をして欲しくない。それだけなのに。

「その時は…」

 エリアスは声が震えないように喉に力を入れるように話す。なんでもないことだ。オメガなのだから、発情期はきてしまう。無理に我慢をすれば身体的にも精神的にも差し障りのあることも医師から教えてもらった。それには自分で向き合うしかない。

「その時は…、そういう商いをしている者に頼…、っ!」

言葉が終わらないうちに、ドンという衝撃とともに壁際に押しつけられる。

「ルドヴィーク…?」

 そう強い力ではないから痛みはないが、ここはまだ北の宮ではない。いつ誰が通るかわからないところで、ルドヴィークと諍いを起こしているところは見られたくなかった。

 顔を上げ、離れるように言おうとしたエリアスは、ルドヴィークの顔を見て言葉を失う。

(まるで…)

 いつもの口元に笑みを浮かべた太平的で朗らかな彼の雰囲気とは違う、肉食獣のようなその瞳にエリアスは本能的に動けない。

「それを私が許すとでも?」

「え?」

「あなたの身体に触れていいのは婚約者の私だけだろう?」

 そう耳元で言われて、エリアスの戸惑いは大きくなる。ルドヴィーク頭がエリアスの肩口にあるせいで、エリアスもまたルドヴィークの肩に顔を寄せるような形になってしまう。少し俯けば、それに顔を埋められるほどの距離だ。

「でも、それでは…僕だけが………」

「なんだい?」

 小さすぎる声はルドヴィークにも届かなかった。もう一度キュッと手を胸の前で組むと、恥ずかしいのを承知で繰り返した。

「それでは、…僕ばかりが嬉しいのでは」

 自分はルドヴィークを慕っているのだ。ルドヴィークに抱かれる事に恥ずかしさはあっても、正直に言えばいやではない。むしろ、好きな相手と触れ合えるのは嬉しい事だった。

(自分だけ都合よくいい思いをして、好きな相手に負担を強いることはしたくない)

 エリアスだとて他の相手など考えたくない。が、逆に言えばルドヴィークにとって自分は「他の相手」なのだ。

「僕は無理やり、貴方にそういったことをするのは本意ではない」

 そう続けると一拍置いた後、ルドヴィークは長く長く息を吐いてエリアスの肩に頭を置いた。

「ルドヴィーク………?」

 



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