「エリアスはそのままで良いのかもしれないね。その為に私が来たと思えば運命的じゃないか」
「う、うんめい…」
よくもポンポンと言葉が出てくるものだと感心する。しかし運命なんて気恥ずかしいことを言われて心の奥ではムズムズとした喜びを感じている自分が一番、恥ずかしい。
(ルドヴィークはあくまでも国のために僕を相手にしているんだ。僕と同じ気持ちなわけじゃない…)
一人で舞い上がって、必要以上にルドヴィークの負担になるのは嫌だった。きっとエリアスが求めればいくらでもこの男は言葉を注いでくれるだろうが、それではなんだか申し訳ない。
廊下の窓に映る自分とルドヴィークは、間違っても恋人同士になど見えない。いままで外見など少しも気にしていなかったが、もう少しくらい美しかった母に似たかったなどと、無駄な考えが頭を流れる。
自分は彼に惹かれているが、ルドヴィークはあくまでも祖国であるミルヴァとガニエとの関係を強固にするためのリップサービスに過ぎないのだ。
(もちろん良い関係を築いていきたいが、きちんと自制しなければ)
ルドヴィークに気持ちがもたれかかり過ぎれば、彼もそれに答えなければならなくなる。本当に気持ちの通じ合った二人ならば良いが、そうでないエリアスとルドヴィークでは義務のようになってしまうだろう。
そうなることはエリアスも望んでいない。ルドヴィークに愛人ができれば、北の宮に住まわせることも考えなければいけないのに。それを見るのが辛いようではこの関係は成り立たないのだ。
自分を律することに必死だったエリアスは「………てもいいかい?」とルドヴィークの声に現実に引き戻される。
「え?すまないもう一度言ってくれるか」
「だから、今夜エリアスの部屋に行っても?」
「どうしたんだ?用があるなら今からでも…。いろいろあったし今日は早く自分の部屋で休みたいだろう?」
そう言うとルドヴィークは遠い目をしながら「これで本気なのだからな…、可愛いらしいが」と何やら独り言を言っている。
「エリアス、離れ離れになっていた恋人たちが再会の夜にすることは一つだよ」
「一つ?」
なんだろうか、便宜上ルドヴィークと恋人にはなっているが経験の浅いエリアスにはそう言ったことの常識がないのは自覚している。何かすることがあるのだろうかと真剣にルドヴィークの話に耳を傾ける。
「確かめ合うんだよ」
「確かめる?」
「そう、お互いのぬくもりを…」
「…っ」
そう低い声で言われて、やっとエリアスもルドヴィークの言っていることがわかった。
「い、いやでも僕はまだ発情期じゃ…」
「そんなこと関係ないだろう?」
「か、関係ある!」
真っ赤になりながらエリアスは反論する。
「ぼ、僕がそうなったときは申し訳にけれどルドヴィークに、その、あ、相手をしてもらうことになるが、ルドヴィークは他の…」
他の人と関係を持っても構わない、と続けようとしてルドヴィークに「ストップ」と止められてしまう。
「なんと言うか見当がついたから止めたけれど…。確認させて欲しいんだが、エリアスは僕のこと好きなんだよね?」
そうストレートに聞かれてエリアスは自分の足先を見つめる。いつの間にか二人とも歩む足は止まっていた。
おでこを掻くふりをしながら顔を隠すと、エリアスは小さな小さな声で「そうだ」と絞り出した。
「しかし、こ、これは国同士が決めた婚姻だ。お互いの意思ではないと十分理解している。言葉は悪いが、ルドヴィークが人質まがいに来たこともわかっている。だから、こちらへ来たばかりの時に言ったように、あなたが愛人を作ることに異論はない」
「それで?エリアスはそれでいいの?」
ルドヴィークの突き放したような言い方に、うまく伝わらない自分の想いに喋りながらも焦ってしまう。
「誤解しないで欲しい。ルドヴィークとはいい関係でいたいと思っているし、僕は両国の不利益になるようなことをするつもりはないし、この婚姻も続けたいと望んでいる」
「この婚姻を壊すつもりはない、だから安心して浮気をしていい、って聞こるけれど間違えじゃないかい?」
あけすけに言われると違和感はあるが、それでもルドヴィークの言っていることは間違えではない。頷くエリアスにルドヴィークがため息をつく。
「それで、エリアスは私のことを好きなのにいいのかい?」
「こ、個人の感情は関係ない」
ルドヴィークにエリアスの気持ちを重荷に思って欲しくなかった。もう彼は国に帰ることは叶わないのだ。それならば、せめてここで許される小さな自由を満喫して欲しかった。
◇参加ランキング◇